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カスハラから従業員を守る|事業主に求められるカスハラ防止策①

カスハラから従業員を守る|事業主に求められるカスハラ防止策①

店舗の従業員に土下座をさせる行為を面白がって撮影し、スマートフォンを使ってSNSに投稿する等、「カスタマーハラスメント」がニュースで話題になりました。
従業員は、通常業務に加えてカスタマーハラスメント対応が負担となりますし、事業主としても、従業員本人の働く意欲が削がれたり、本来従業員が行うべき業務が滞る等マネジメント上の支障を来たすことが想定されます。

現時点でカスタマーハラスメントを想定した法律は旅館業法等の一部にしかありませんでしたが、東京都議会で、2024年10月4日に全国で初めてとなるカスハラ防止条例が可決・成立しました。
また、厚生労働省においても、カスタマーハラスメントへの対策強化のための法改正が検討されています。働く人を傷つけない社会、経済・社会のルール作り、あるいは、その仕組みの在り方について議論が重ねられています。

このような状況であるため、事業主として従業員保護のため対応をどこまで行えば責任を免れられるか、という基準が明確になっているわけではありませんが、裁判例をみると、一定程度の対策を講じるべきであることが分かってきました。まず今回は、どのような顧客の言動がカスタマーハラスメントに該当するか、また、事業主におけるカスタマーハラスメント対策の必要性を確認していきます。

1.カスタマーハラスメント(通称「カスハラ」)とは

厚生労働省が公表している『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』によれば、業界により、顧客等への対応方法・基準が異なることが想定されるため、“カスタマーハラスメント”を明確に定義することはできないものの、事業主へのヒアリング調査等の結果、現場においては、以下のようなものがカスタマーハラスメントであると考えられているとのことです。

顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの

以上より、「顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合」や、「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」の例としては、次のようなものが想定されています。

■「顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合」の例
・事業主の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合
・要求の内容が、事業主の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合

■「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な言動」の例
◎要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの
・身体的な攻撃(暴行、傷害)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)
・威圧的な言動
・土下座の要求
・継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
・拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)
・差別的な言動
・性的な言動
・従業員個人への攻撃、要求

◎要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの
・商品交換の要求
・金銭補償の要求
・謝罪の要求(土下座を除く)

2.事業主におけるカスハラ対策の必要性

カスタマーハラスメントにより、従業員や事業主にとっては負担が増え、他の顧客等にとっても良くない影響を受けることが考えられます。

従業員は、顧客等の対応時に、カスタマーハラスメントを受ける可能性があります。その対応のため、時間や労力を費やすことになり、本来行うべき通常業務が滞る、また身体的あるいは精神的な攻撃を受けたことによる負傷や精神疾患を患う等の健康不良に陥る、これらが引き金となり、業務を行うことに恐怖を覚え、行えていた業務ができなくなる(それにより配置転換、休職、退職)といったところまで追い込まれてしまうこともあります。

事業主としては、カスタマーハラスメントに対応する従業員にかかる人件費、従業員の休職や退職による新たな人員確保や教育にかかるコストを負担することになります。また、カスタマーハラスメントが発生したことがSNSやニュースによって広く知れわたることで、働きづらい環境と思わせてしまったり、ネガティブなイメージがついてしまうこともあります。

顧客等にとっては、店舗従業員が顧客にカスタマーハラスメントを受けていると思われる状況に遭遇したら、不快に思い、関わりを避けたり、来店を控える動機にもなりかねません。また、従業員がカスタマーハラスメントの対応に追われることで、受けたかったサービス等を受けられない可能性もあります。

続いて、事業主と従業員の関係性で損害賠償責任の有無を問われたカスタマーハラスメントに関する裁判例を紹介します。

判例1:カスタマーハラスメントに対して不適切な対応をとったことで損害賠償責任が認められた事案

市立小学校の教諭が児童の保護者から理不尽な言動を受けたことに対し、校長が教諭の言動を一方的に非難し、この教諭にその場を穏便に収束させるため、保護者に謝罪させました。これを理由にこの教諭はうつ病にり患し休業に至ったことで、損害賠償責任が認められました。(甲府地裁平成30年11月13日判決)

判例2:顧客トラブルへの対応を十分行っていたことで損害賠償責任が認められなかった事案

買い物客とトラブルになった小売店の従業員が、事業主側に従業員の生命、身体等の安全配慮を欠いたとして損害賠償を請求。事業主側(被告会社)は、(1)入社時にテキストを配布し、苦情を申し出る顧客への初期対応の指導をしていた、(2)サポートデスクや近隣店舗のマネージャーに連絡できる等の体制を構築していた、(3)深夜でも店舗を2名体制とし相談体制を整えていたという3点から、事業主側の安全配慮義務違反が否定され、損害賠償責任を免れました。(東京地裁平成30年9月3日判決)

以上のことから、カスタマーハラスメント被害に遭っている従業員を放置したり、カスタマーハラスメントを受け入れるよう強要した場合に、事業主側が安全配慮義務違反として損害賠償責任を負う傾向にあります。事業主側の責任が否定された事例としては、カスタマーハラスメント対策を実施していたことが寄与していることからも、対策を講じる必要性は高いといえるでしょう。

次回は、事業主が講じるべきカスタマーハラスメント対策にどのようなものがあるかを見ていきます。

監修弁護士

齊藤 宏和 弁護士

弁護士

弁護士法人親和法律事務所 パートナー弁護士
早稲田大学法学部卒業。関西学院法科大学院修了。
中小企業の法務顧問を務めつつ、経営上の課題解決に対してもアドバイスを行う。
特に、医療・介護特化の経営学修士を取得し、ヘルスケア分野に注力している。

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