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遺言に込められた強い意志

遺言に込められた強い意志

いざ相続となった際、しっかりとした遺言がないと残された家族が大変な思いをするだけでなく、大きなトラブルに発展する可能性があります。
そういった問題をあらかじめ予防し、全員が納得する形で相続できることが一番良い形でしょう。

そこで今回は、遺言作成の事例をご紹介します。

家族の状況

被相続人は3回結婚しており、前前妻の子2人A,Bと、後妻C及び後妻の子で被相続人の実子Dが相続人でした。なお、相続人ではありませんが、被相続人には前妻Eもいました。

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トラブルの種

前前妻の子2人A,Bと後妻C及び後妻の子Dは被相続人が遺言を作成するまでほぼ面識がありませんでした。 被相続人は総額10億円超の遺産を持つ資産家でしたが、末期がんになり入院するに至り遺言の作成を考えました。しかしながら、内容次第ではABCDがもめることは必至でした。
被相続人は、Cが諸事情あって日本での今後の就職は困難であったため、Cに遺産を多く残したいという希望がありました。

またBは、軽度の精神疾患で施設に入所しており、公的な給付を受けている状況で、相続をしてしまうと資産要件を満たさなくなり給付が受けられなくなる状況でした。
よって、Bには相続させない方向で考えていましたが、その意図をBが理解してくれるかという悩みがありました。Bに遺留分減殺請求をさせないようにしたいという考えがありました。

加えて前妻Eについて、被相続人はEに当時Eが住んでいた被相続人所有の不動産を遺贈したいと考えていましたが、これに相続人が納得するかという問題がありました。

遺言作成までの経緯

被相続人は税理士達と遺言の内容を検討する一方で、病院で相続人ACDと面会し、自身の遺志を伝え、遺言の内容を検討していきました(ただし、Bは施設に入所していたので面会はできなかった)。
また、被相続人は存命中にAとCDも頻繁に面会させ、親交を深めさせました。

私は結果的には被相続人が亡くなる1ヶ月前に税理士の紹介で遺言の相談を受けることとなりました。私は余命が少なく時間がないことから早急に公正証書遺言を作成すべきであり、変更の必要性があればその都度変更すればよいという話を何度もしましたが、被相続人は中途半端な状況では遺言の作成はできないと言い続け、内容の検討と相続人との対話を続けました。

被相続人の尽力があって、AとC、Dは懇意になっていきました。これは私も予想外の出来事でした。 通常はそう簡単に打ち解けられるような関係ではないはずですが、それぞれの身の上や、被相続人に対する想いが打ち解けさせたのでしょう。

上記の通り、Bには一切相続をさせない内容の遺言を作成しようと考えていたので、その遺志をBに伝える必要がありましたが、その役割はBの兄であるAが担いました。
Aは被相続人の考えに従い、Bのもとを訪れ、Bには一切相続をさせないとすることの趣旨を説明し、Bは内容に納得してくれました。
法律的には無効ですが、事実上、自身への相続分がない遺言の内容にも異議を述べない旨の書面もいただくことができました。

被相続人は前妻Eに対して当初土地建物を一つずつ遺贈したいと述べていましたが、それは私、税理士、A、Cが反対し、被相続人を説得して撤回をさせました。
結局Eには土地建物は遺贈せず、同土地建物はAに相続させ、その代わりに終生無償でEは同土地建物に居住できるという内容にすることに決まりました。

このように着々と遺言の作成と相続人の融和を進めていた被相続人でしたが、余命が迫り、容体が悪化してきました。私は、さすがにもう遺言を作成しないといけないと被相続人を強く説得し、被相続人の体調が比較的よいときを見計らって遺言の詳細内容を被相続人に決定していただきました。

また、あらかじめ必要資料を渡し、近いうちにお願いすることになると相談していた公証人に事情を伝え、できる限り早急に病院に出張して公正証書遺言を作成してもらえるよう頼み、病院に出張できる日は、出張の依頼をしてから5日後となりました。

私は、それまでの間に万が一亡くなってしまった場合に、遺言がない状態となることが怖かったので、被相続人にまずは自筆証書遺言を作成していただくことにしました。
被相続人は既に握力がかなり弱くなっており、作成には困難を極めましたが、なんとかゆっくりと2日ほどの時間を要して自筆証書遺言は完成しました。 そして、その3日後には公証人に出張してもらい公正証書遺言を作成してもらいました。

公正証書遺言を作成した日、被相続人は公証人の発言内容を理解し、「はい」、「いいえ」という意思表示は正確にできていたものの、体を起こすことはできず、人工呼吸器をつけた状態で苦しくなると看護師を呼ぶという状態でした。
被相続人はボールペンを持つ力もないように思われ、公正証書遺言に名前を自筆できると思って準備をしてきた公証人は、自署できない場合に備えた準備まではしてきていなかったので、この日に公正証書遺言を完成させることはできないかと思われました。

しかし、余命を考えると再度の日程調整は難しいかもしれないと私は考えていました。公正証書遺言を作成するチャンスはこの機会が最後かもしれないと思っていました。
そのため、公証人に被相続人に公正証書遺言を作成できるか尋ねてもらうことにしました。
被相続人に「名前を書けますか?」と聞くと、被相続人は「はい」と明確に回答しました。信じられないことに、被相続人は目を見開き、最後の力を振り絞るように名前を自署したのです。
その光景に私は相続人を想う被相続人の強い意志を感じました。

公正証書遺言を作成した翌日、容体が急変し、被相続人は亡くなりました。公正証書遺言を作成し終え、存命中の役割を全て果たして旅でした。

被相続人が亡くなった後の状況

被相続人の尽力があってA、B、C、Dが事前に遺言の内容に納得していたので、特段相続に関して争いは生じませんでした。Bも遺留分減殺請求をすることはありませんでした。
また、AとCの仲は良好で、被相続人の葬式の際には泣いているAの方をCがさすって慰めるというようなシーンも見られました。 被相続人の想いと行動が功を奏した形となりました。

私は多数の遺言作成の事案を受任し、実際に遺言案の作成を担当し、また、遺言執行の業務も遂行してきましたが、本件は私の経験の中でも最も印象深いものとなりました。 被相続人の相続人を想う気持ちと、それに答えた相続人の態度にはとても感動しました。


公正証書遺言の作成が結果的に被相続人が亡くなる前日となったことで、遺言能力の点が争われる可能性があるかもしれないとは考えたものの、私を含め当日立ち会った公証人、証人、関係者は皆被相続人がしっかりとした判断力を有し、公証人と意思疎通をして公正証書遺言を作成した様子を見ていたので、意思能力は全く問題ないと確信していました。

なにより、最後に力を振り絞って書いた自身の名前に強い想いと明確な遺言能力を感じました。
後日、公正証書遺言作成の場には立ち会ってはいなかったCに公正証書遺言の写しを渡したところ、被相続人の自筆を見て号泣されていました。まさに遺言には相続人に想いを伝える力があるなと感じた瞬間でした。
その後、私は本件の遺言執行も行い、相続は無事に終了しました。

監修弁護士

山越 真人 弁護士

弁護士

山越総合法律事務所 代表弁護士。
埼玉県立浦和高校卒業。
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、2007年に弁護士登録。
2016年に山越総合法律事務所設立。
不動産案件、労働事件の使用者側の案件、相続案件を専門とし多数の実績がある。
他にも、東京相続診断士会副会長、新宿区法律相談員、第二東京弁護士会 綱紀委員などとしても活動。
主な著書に「上司ならこれだけは知っておきたい法律知識(財界研究所(共著))」、Q&A民法(債権関係)の改正に関する中間試案(共著)など。

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