ドイツは弁護士保険が普及しているといわれます。ドイツには「正義」を重視する国民性があり、紛争の発生を恐れることなく権利を主張し、または権利を主張された場合には権利を守るために徹底的に争う気質があるのだそうですが、ここでは、ドイツの法制度面を中心に弁護士保険が普及している背景について探ってまいりましょう。
ドイツでは、日本の弁護士保険に相当する「権利保護保険(Rechtsschutzversicherung)」が普及し、全世帯の約4割が加入しています。現在のドイツの弁護士制度の特徴である「弁護士強制制度」・「弁護士報酬の体系」・「訴訟費用援助の制度」が、権利保護保険の普及につながっています。
ドイツには「弁護士強制制度」が存在
ドイツには「弁護士強制制度」が存在し、地方裁判所以上のすべての裁判所の手続について弁護士の代理を要する、とされています。(*注 区裁判所の手続に弁護士強制はない等の例外がある。但し区裁判所の手続きであっても、弁護士代理は全体の約9割を占める。ちなみに日本の簡易裁判所事件の例では、弁護士代理は全体件数の約3割にとどまる。)。これは歴史的な背景によるもので、三上威彦氏(執筆当時慶應義塾大学大学院法務研究科教授)「ドイツの弁護士制度について」に、「ゲルマン法では,当初から,法的紛争は共同体秩序の攪乱と考えられ,訴訟当事者は法的平和の回復のために協力を要求されるところから,法を知らない当事者には公の利益のための代弁人による補佐を付することが早くから行われ,13世紀以降,代弁人の利用が固定した慣行となり,何人も裁判所の面前で自己の権利の実現のために自己の口を用いてはならないという法命題が成立し,代弁人強制による必要的補佐という形で弁護士強制制度の素地がまず形成された」との記載があります。
ドイツ連邦弁護士法1条に“弁護士は独立の司法機関である”と規定され、弁護士は公益的性格が強いものとなっております。国民がその制度を信頼し、紛争にあたって法専門家を関与させるという認識が国民の共通的な価値として共有され生活に浸透しているのです。
ここで弁護士強制制度が機能するためには、弁護士数が多いこと、都市部のみならず全国に存在していることなどが必要です。日本の人口1万人あたりの弁護士数は3.2人に対し,ドイツにおける人口1万人あたりの弁護士数20.0人と、ドイツの弁護士数が充実しているのがわかります。
弁護士数*1 | 人口 | 人口1万人あたりの 弁護士数 |
|
---|---|---|---|
日本 | 41,118人 | 1億2616.7万人*2 | 3.2人 |
ドイツ | 166,370人 | 8315万人*3 | 20.0人 |
*1 弁護士数は、日本弁護士連合会ホームページ 基礎的な統計情報(2019年)より *2 日本の人口は2019年10月1日の推計 総務省統計局ホームページより *3 ドイツの人口は2019年9月の推計 外務省ホームページより
弁護士報酬は定められている
「弁護士報酬の体系」について、ドイツでは弁護士報酬体系・金額が公に定められており、訴訟に必要な費用である弁護士報酬については敗訴者が負担するとされています。弁護士報酬の体系が公に定められていると、保険料収入と保険金給付とのバランスが計算できることから保険の対象になりやすくなります。
訴訟費用支援制度はあるが使いづらい
「訴訟費用支援の制度」について、ドイツの法律では「当事者は、その人的および経済的関係によって訴訟追行の費用を負担できないか、または、一部しか若しくは割賦でしか負担することができない場合において、意図した権利の追行または防御について勝訴の十分な見込みがあり、かつ、恣意的でないと認められるときには、申立により訴訟費用援助を受けることができる。(三上威彦氏「ドイツの弁護士制度について」より)」と規定されております。訴訟費用支援の申請には、資力要件や勝訴可能性の疎明が必要であるなど、訴訟費用支援制度はやや使いづらいものになっているようです。従ってドイツで訴訟を検討するには一定の資金を何らかの形で事前に確保しておく必要があることになります。
ドイツで「権利保護保険」が普及している理由 まとめ
このように、ドイツでは、弁護士強制制度により訴訟の当事者になるかもしれないという意識が高いこと、弁護士報酬の体系が公に定められているため保険料収入と保険金給付とのバランスが計算しやすいこと、さらに訴訟費用援助の制度が必ずしも充実していないため「権利保護保険」が訴訟費用の調達方法として中心的な役割を果たすようになったことにより、結果として「権利保護保険」の加入割合の高さにつながっていると考えられます。
日本の「弁護士保険」の普及はこれから
日本ではまだ「弁護士保険」の普及はドイツに比べて進んでいません。国民性の違いにもよるのでしょうが「自身が訴訟の当事者になるかもしれないという意識」がドイツほど高くないことが理由だと思われます。一方で昨今の新たなデジタル技術の進歩やサービスの開発によりトラブルの種類が増加し、またトラブルの原因がよりわかりづらく、複雑になっています。生活の質を維持するために、自身が訴訟の当事者になる可能性も視野に入れて、トラブルを解決するための資金は確保しておくとよいでしょう。弁護士保険で備えるのも一つの選択肢です。
(参考文献)
三上威彦氏「ドイツの弁護士制度について」
白門 67(1), 41-59, 2015-01 中央大学通信教育部