弁護士保険コラム Column

【事業者向け】企業におけるメンタルヘルス対策

【事業者向け】企業におけるメンタルヘルス対策

1 メンタルヘルスリスクの現状

厚生労働省が取りまとめた、令和元年度「過労死等の労災補償状況」によると、精神障害に関する事案の労災補償状況(下図1参照)について、請求件数は2,060件で、前年度比240件の増となっている。過年度を振り返ってみても、平成27年度の1,515件から、毎年増加しています。

一方で、支給決定件数は509件で、前年度比44件の増となっているが、平成29年度は506件であったように、決して増加傾向にあるとは言えない状況となっています。

このことから推察するに、実態として業務により精神障害を発症する者の数自体は大きく変動していない一方で、「業務により精神障害を発症した」と主張する者の数は年々増加しており、企業としては、従業員のメンタルヘルスにかかわるリスクが増加しているということができます。

2 判例・法令により求められる企業の対応

それでは、従業員のメンタルヘルスにかかわるリスクが増加している中、企業としては、どのような対策をとるべきなのでしょうか?

まず、従業員が過労により自殺したことに対し、自殺した従業員の遺族が会社に対し損害賠償を求めた事件(いわゆる「電通事件」)における、最高裁判所の判断の内容を見てみます。同事件において、最高裁判所は、「使用者は、その雇用する社員に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行にともなう疲労や心理的負担が過度に蓄積して社員の健康を損なうことがないように注意する義務を負う」として、企業にいわゆる健康配慮義務があることを認め、遺族に対し1億6800万円の賠償金の支払いを命じました(最判平成12年3月24日)。

このように、判例上、企業には、従業員のメンタルヘルスをケアすることが要求されており、これを怠れば、場合によっては重大な損失を被るリスクが潜在しています。

しかし、この判例からだけでは、具体的に、どのような対策を取るべきなのかは判然としません。

労働安全衛生法によれば、定期的な健康診断を行うことがすべての企業に義務付けられているほか、従業員が50人以上の場合には、産業医による健康管理及びストレスチェックを行う義務(50人未満の場合でも努力義務あり)が課せられています。しかし、これらは、メンタルヘルスに問題を抱える社員の早期発見・対応という意味では効果が見込まれますが、メンタルヘルス問題の発生の予防として効果的というわけではありません。

3 原因別の対策-「仕事の量・質」

そこで、メンタルヘルス不調が発生する原因を整理し、その原因ごとに対策・予防策を検討してみます。

まず、メンタルヘルス不調発生の原因は、大きく分けて「業務上の問題」と「業務外の問題(すなわちプライベートの問題)」の2つに分けられます。

そして、「業務上の問題」をさらに分けると、①仕事の量・質の問題、②対人関係の問題、③事故・災害の3つが、メンタルヘルス不調発生の大きな原因となっていると考えられます。

より具体化すると、まず①仕事の量・質の問題とは、長時間労働や連続勤務の問題となります。また、配置転換などによる仕事内容・仕事量の変化も、メンタルヘルス不調発生の大きな原因の一つとされています。

そのため、この問題に対する対策としては、まず適切な労働時間の管理となります。労働基準法によると、労働時間は、原則として、1日8時間かつ1週40時間以内とし、また毎週少なくとも1日の休日を与えなければならないとされています(同法32条)。もしこの制限を超える場合には、労働組合や労働者の過半数を代表する者との書面による協定(いわゆる「36協定」)をし、労働基準監督署に届け出る必要があります(同法36条)。もちろん、36協定を締結したからといって、残業を無制限に行わせられるわけではなく、月45時間、年360時間が時間外労働の限度時間となります。臨時的・特別な場合には年720時間以内までであれば許容されるなどの例外はあるものの、36協定を締結せずに時間外労働をさせた場合や、36協定で定めた時間を超えて時間外労働させた場合には、懲役や罰金などの処罰が予定されています(同法119条1項)。

企業としては、上記労働基準法上の制限を意識しつつ、タイムカードや勤怠管理システムなどの客観的な記録より、労働時間を把握し、また記録と実態に乖離がないかを定期的にチェックするなどして、労働時間の管理に努める必要があります。

また、例えば制服への着替えの時間や、労務上求められている清掃の時間なども、労働時間となりますので、ご注意下さい。

さらに、法令上、管理監督者とされる従業員については、時間外労働に対する賃金の支払いは求められていませんが、労働時間を把握し、管理することは求められていますので、この点についてもご注意いただければと思います。

ところで、前述のとおり、配置転換などによる仕事内容・仕事量の変化も、メンタルヘルス不調発生の大きな原因の一つですので、人事ローテーションについても見直しが必要と考えます。現状、慣行として、一定期間ごとに人事ローテーションを行っている企業は少なくないと思われますが、そもそもなぜ人事ローテーションを行っているのかの理由について、改めて問い直していただければと思います。もし、適切な理由もなく、単に惰性として行っているのではあれば、制度の見直しを検討してください。また適切な理由があったとしても、従業員に対し、その理由が伝わっておらず、理解を得られていなければ、メンタルヘルス不調の原因となってしまうため、制度趣旨の周知を心がけていただければと思います。

4 原因別の対策-「対人関係の問題」

つぎに、②対人関係の問題の問題とは、セクハラやパワハラの問題となります。また、ハラスメントまでには至らないものの、人間関係がうまくいっていないとレベルでも、メンタルヘルス不調の原因となります。

そこで、まずハラスメントについては、役員や従業員らにハラスメントについての理解を深めてもらうべく、ハラスメント研修の実施や、実際に起こってしまったハラスメント事案に対する企業としての毅然とした対応が求められます。ハラスメント事案が発生した場合、まずハラスメント行為を行ったものに対しは指導・処分を行う一方、被害者に対しては被害者の不利とならないよう加害者との切り離しを行う等を行い、会社としてハラスメントは許容しないという風土を作り上げ、従業員にそのことを感じ取ってもらえるようにすることにより、ハラスメントによるメンタルヘルス不調の発生の予防が期待できます。

また、少し前までは、飲み会への参加の強要等、過度な接触が問題視されることがありましたが、現在では、コロナ禍を受けたテレワークの浸透などを受け、希薄な人間関係を原因とするメンタルヘルス不調の発生が危惧されます。適度・適切なコミュニケーションの実施を心がけていただければと思います。

5 原因別の対策-「事故・災害」

業務上の問題の最後として、事故・災害についても対策が求められます。労務上の事故によるケガの発生、またそれを目撃したことによる心理的な負荷が、メンタルヘルス不調の発生原因となることもあります。さらには、地震や台風・洪水といった自然災害のために仕事内容が大きく変わったり、その変更内容が定まらないがために、心理的な負荷がかかることもあります。

そのため、安全管理・衛生管理の徹底は必要となります。

また、BCP(Business Continuity Plan、事業継続計画)の策定・周知もメンタルヘルス対策となり得ます。なぜなら、万が一の事態が発生した場合でも、従業員として対応すべきことが予め定められていることにより、未知のことへの対応という心理的な負担をなくすことが可能だからです。また、事業継続を図ることにより、結果として雇用も守られるという意味でも、従業員の安心感につながります。

6 原因別の対策-「業務外の問題」

ところで、前述したとおり、従業員がメンタルヘルス不調を抱える原因としては、業務上の問題だけに限られず、業務外のプライベート上の問題も考えられます。たとえば、夫婦間の関係がうまくいっていないという場合であったり、親の介護が必要になったという場合などです。

企業が、このような従業員のプライベートの問題までケアしなければならないという義務は当然ありません。しかし、従業員のプライベート問題の負担を軽減させてあげることにより、仕事の効率化につながり、企業としての利益が得られる可能性があります。また、手厚い福利厚生制度を設けることで、人材募集において有利に働く可能性もあります。

そこで、例えば顧問弁護士に、従業員の個人的な相談にも対応してもらうよう予め依頼しておき、従業員に相談窓口を周知しておくなどの、EAP(Employee Assistance Program、従業員援助プラグラム)を設けることも、メンタルヘルス対策としては有用と思われます。

7 まとめ

以上、原因別の対策・予防策を記載してきましたが、これらをまとめると、下図2のとおりとなります。

これらを意識しつつ、メンタルヘルス問題への対応をご検討いただければと思います。

監修弁護士

齊藤 宏和

弁護士

弁護士法人親和法律事務所 パートナー弁護士
早稲田大学法学部卒業。関西学院法科大学院修了。
中小企業の法務顧問を務めつつ、経営上の課題解決に対してもアドバイスを行う。
特に、医療・介護特化の経営学修士を取得し、ヘルスケア分野に注力している。

こちらの記事も読まれています

コラム一覧へ

弁護士保険とは