弁護士保険「コモン+」開発裏話 日本にないものを作る難しさと、それを超える喜び

弁護士保険「コモン+」開発裏話 日本にないものを作る難しさと、それを超える喜び

エール少額短期保険株式会社 代表取締役社長・榛沢知司
日本に存在しなかった「弁護士保険」の商品を開発するにあたり、どのようなポイントに留意して開発を進めたのか、その一端をお話します。

日本にはない「弁護士保険」を作ったきっかけ

エール少額短期保険は、弁護士費用を補償して法的トラブルを早期解決する「弁護士保険」を提供する保険会社として、2015年に設立しました。

私が弁護士保険の存在を知ったのは2011年、それまで務めていた会社を辞めて独立し、アクチュアリー(保険商品のリスク分析や保険会社の負債評価などを担当する専門職)として、コンサルティングの仕事をしていた時期でした。ある事業者から「海外で広く利用されている弁護士保険を、日本でも作れないだろうか」と相談され、開発を任されることとなったのです。

弁護士保険はヨーロッパを中心に広く普及しており、ドイツ、イギリス、フランスでの普及率は50%前後にものぼります(※)。しかも富裕層やビジネス・オーナーだけでなく、ごく普通の人々が加入する保険です。

ドイツでは自動車保険などと組み合わせた形でない「単体型の弁護士保険」が広く普及していて、市場規模も年間5,000億円にもなると言われています。

一方、アメリカでは弁護士に事件を依頼した時点では費用が発生せず、訴訟で勝利した場合にのみ発生する完全成功報酬型が普通です。事件を依頼する際の着手金のような初期費用が不要なので、弁護士保険はあまり普及していません。

そして、当時の日本にはまだ弁護士保険はなく、その名前すら全く知られていませんでした。

最近は、少額短期保険を扱う小規模会社がたくさん生まれていますが、以前は保険といえば、十分な財務基盤を有する保険会社が扱うのが当たり前でした。これら既存の保険会社の立場では、新たに作る保険は会社に収益をもたらすもの以外にはあり得ません。

しかし、独立していた私は、自由に保険を作ることができる立場にいました。これまでの日本にない保険というのは、とても挑戦しがいのあるテーマです。日本にないものを自分の手で世に出す仕事にたずさわることを、うれしく感じていました。

保険商品の開発に重要となる3つのポイント

新しい保険を作るとき、構想段階で重要なポイントは大きく分けると3つあります。第1は、「保険給付を行う条件を正確に定義する」こと。つまり、どのような条件がそろったときにいくらの保険金を支払うか、ということです。

第2のポイントは、お客様に負担していただく「保険料の設定」です。保険料を決定するためには、対象となる事故の発生率と、事故が起こったときの支払い額の分布を推測するデータが必要です。金融庁に登録申請をする際も、データの裏付けがしっかりしていなければ審査には通りません。

利用可能なデータとして裁判所の訴訟データがありますが、それを人口で割って発生率を出すような大雑把な計算では、明らかに過小評価となりリスクがあります。また、保険に加入することによって法的トラブルの発生率は高まると考えられるので、保険がない状態で計測したデータだけをもとに保険料を決めても、発生率を過小評価してしまうのです。

そして第3のポイントは、「保険制度としての持続可能性の検証」です。収支面での均衡が成り立つように、保険給付と保険料とを決めることが基本ですが、それだけでは足りません。保険制度が悪用されるようになると、収支はどんどん悪化してしまいますので、それを防ぐことができるかが重要な鍵となります。

このような保険制度の基本構造に関する部分は、構想の段階でしっかり考えてから開発に着手しないと、後々、困ったことが起こるものです。弁護士保険は難易度がかなり高いものの、何とかできそうだと自分なりに判断して開発に着手しました。

「法的トラブルとは何か」を「定義」する

弁護士保険を開発するうえで難しかったのは、「法的トラブルの定義」です。専門的な話で恐縮ですが、保険金の支払い事由は「偶然の事故」という損害保険の要件を満たす必要があります。弁護士保険を開発するということは、「偶然の事故としての法的トラブルをどのように定義するか」ということから始まります。

私は大学では数学を専攻していたので、法律は全くの独学です。そもそも法的トラブルが何かということも、初めはよくわかっていませんでした。

例えば、交通事故は起こった日時や損害の金額などがわかりやすいため、保険事故の定義は簡単です。しかし、お金や物の貸し借りにおけるトラブル、代金や給与の未払い、ハラスメントやいじめ、近隣トラブル、離婚などは、発生タイミングや損害の内容が見えにくいものです。これらのトラブルについても、発生したのが保険期間中であるかどうかを確実に判断できるような商品面での仕組み作りが必要なのです。

保険商品を開発する際には、保険金の支払基準をしっかり決めておく必要があります。お客様から保険金の請求を受けたときに、保険会社サイドが払うか払わないかで判断が揺れるようではまずいからです。その支払い基準を決めるには、法的トラブルの定義が必要ですし、定義するためには、法的トラブルの全体像を把握する必要があります。

そこで、実際の法律相談事例を材料に、法律の専門家などの協力も仰ぎながら、私なりにさまざまな思考実験を繰り返して、保険商品の骨格を作り上げていきました。

日弁連によるドイツの弁護士保険に関する調査レポートや学術論文なども参考にはなりましたが、日本で成立する保険制度をつくるためには、外国のコピーではうまくいきません。法律の体系も違いますし、司法制度や弁護士の役割も違うからです。保険数理に関する情報は、ドイツに限らずほとんど公表されていないので、すべて自分で考えるしかありません。アクチュアリーとしての自分の経験と能力をつぎ込んで商品を作りました。

エール少額短期保険の弁護士保険「コモン+」は、法的トラブルの発生について独自の確率モデルを導入して保険料を算出していますので、いろいろな前提が変化した場合でも、柔軟に商品改定ができるようになっています。さまざまなプランや特約があるのは、保険数理の構造上の柔軟性と応用可能性が高いからです。保険数理は、表面からは見えませんが、保険商品としては最も重要な側面なのです。

弁護士保険を悪用されるリスクをどうカバーするか

保険商品を開発するうえで大事なポイントが、もうひとつあります。「保険の悪用を防ぐ」ことです。

弁護士保険は法的トラブルの定義対象が難しいうえに、保険給付の目的である弁護士報酬が、依頼者と相対の交渉で恣意的に決まる側面があります。これだけをみても、悪用の可能性は他の保険に比べて高いと考えねばなりません。

私としては、できれば悪用の余地を極力なくしたいと考えました。その結果、保険金を支払う時点で紛らわしさが生じないよう細部まで規定することにしたため、保険約款の分量がかなり膨らんた面があります。

でも、だからこそ大手の損保会社などが引き受けにくいさまざまな法的トラブルを、包括的に補償する商品を提供することができたのです。単体型の弁護士保険は、これを専門に扱う少額短期保険ならではの商品だとも言えます。

少し難しい話が続いてしまいましたが、お客様が万一の法的トラブルに立ち向かうことになったとしても、それを乗り越えるときに弊社の保険商品がお役に立てればと考えております。

※普及率:ドイツ42%(2009年)、イギリス59%(2007年)/日弁連の海外事情調査より

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