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【前編】発信者情報開示請求とは?―手続・実例・弁護士費用

【前編】発信者情報開示請求とは?―手続・実例・弁護士費用

今日では誰しもふとしたきっかけでインターネット上の名前も住所も分からない相手から誹謗中傷等の被害を受ける可能性は小さくありません。
本記事では、そのような場合に利用できる「発信者情報開示請求」について説明します。また、新しい開示請求手続が2022年秋頃までには施行される予定ですので、こちらについても概要を説明します。

目次

1.発信者情報開示請求とは?

(1)なぜ発信者情報開示請求を行う必要があるのか?

あなたがSNSやネット掲示板などで誹謗中傷を書かれて名誉が毀損されてしまった場合、それを書き込んだ人に対して損害(慰謝料、通院費など)を賠償するよう請求したいと思いますよね。
ですが、まずその書込みをした人(「発信者」と呼びます)を特定しなければ、損害賠償請求を行うことすらできません。

発信者に対して裁判等を行うためには、発信者の氏名や住所を特定する必要があるのです。 そこで、将来的に損害賠償請求を行うために「そもそも書き込んだのは誰なのか?」ということを明らかにする手続があります。これが発信者情報開示請求です。

(2)発信者情報開示請求に関する用語の解説

「発信者情報開示請求」とは、被害者からサイト管理者や通信プロバイダなどに対して、SNSや掲示板などにおいて誹謗中傷やプライバシー侵害などの権利侵害を伴う書込みを行った発信者の情報の開示を求める手続です。
「サイト管理者」とは、問題となる書込みが存在するSNS・掲示板・ブログなどの管理主体のことです。例えばTwitter ならTwitter, Inc.、アメーバブログなら株式会社サイバーエージェント、5ちゃんねるならLoki Technology, Inc.などのことです。コンテンツプロバイダ(CP)とも呼ばれます。

「通信プロバイダ」とは、インターネット通信サービスの提供事業者のことです。例えば、NTTコミュニケーションズ株式会社やソフトバンク株式会社などのことです。アクセスプロバイダ(AP)や、インターネットサービスプロバイダ(ISP)などとも呼ばれます。

開示の対象になる情報は、発信者の氏名、住所、電話番号、メールアドレス、IPアドレスなどです。 「IPアドレス」とは、情報を送受信した人をインターネット通信上で識別する番号のことです。

2.どのような種類の手続があるのか?

(1)現時点(2022年4月時点)で利用できる開示請求手続

ア 手続の種類

発信者情報開示請求には、現在、大きく分けて任意の開示手続と裁判上の開示手続の2つの方法があります。

イ 任意の開示手続

まず、任意の開示手続について、見ていきましょう。

①お問い合わせフォームからの問い合わせ(対サイト管理者)
これは、お問い合わせフォームから、各掲示板等の運営者に対して、発信者の情報の開示を求める方法です。ただし、残念ながら、任意の開示がなされることは稀です。

②発信者情報開示請求書による任意の開示請求

これは、一般社団法人テレコムサービス協会が作成提供している書式を利用し、同団体のガイドラインに沿って各ウェブサイト管理者や通信プロバイダに対して発信者の情報の開示を求める方法です。

ご自身でこの開示請求を実施される場合は、発信者情報開示請求書のほかに添付書類として、権利侵害にあたる書込みのあるウェブサイトをURLとともに保存した資料、各種印鑑登録証明書や身分証の写しなどが必要になります。

協会のガイドラインに則った申請ですので、問い合わせフォームからの問い合わせと比較すると、開示が認められる可能性は高まります。ウェブサイトによって傾向が異なりますが、任意の開示請求の方法でIPアドレスの開示を受けられることもあります。
しかし、氏名や住所に関する通信プロバイダに対する請求に関しては、任意の開示請求では開示がなされないことが多いです。特に名誉毀損については権利侵害性の判定が微妙になることも多く、任意の開示は認められにくい傾向です。

ウ 裁判上の開示請求

そこで次に、裁判上の開示請求について、見ていきましょう。
裁判上の開示請求は、請求が認められた場合には強制的に情報開示をうけることが可能です。
裁判上の開示請求については、基本的に、対サイト管理者と対通信プロバイダに対して裁判をする必要が生じます。ですので、通常は発信者の住所氏名を特定するまでに2つ以上の裁判手続を経る必要があります。(ただし、ログイン型のウェブサイトなどで、ウェブサイト自体に電話番号、氏名、住所情報などが登録されている場合は、1つの手続で済む場合があります。)
①発信者情報開示仮処分命令申立(対サイト管理者) 発信者情報開示仮処分命令申立は、発信者の書込みに関してサイト管理者が保有するIPアドレスやタイムスタンプ等の開示を求める手続です。
この手続きによって、権利侵害を生じた書込みを行った発信者のインターネット通信上で情報を送受信した人を識別する番号とこれを付与されていた日時が特定できます。
しかし、これだけでは損害賠償訴訟等のために必要となる発信者の住所・氏名等の情報が分かりませんので、続いて②の通信プロバイダに対する手続を行う必要があります。
②発信者情報開示請求訴訟(+消去禁止仮処分命令申立)(対通信プロバイダ)
発信者情報開示請求訴訟は、①の手続で開示されたIPアドレス及びタイムスタンプに対応する通信契約者の契約情報(氏名、住所、電話番号など)の開示を求める訴訟手続です。 消去禁止仮処分命令申立は、通信プロバイダに対して通信ログを消去してしまわないように保存を求める手続です。

通信プロバイダ側で保存している通信ログは通常3か月から6か月程度しか保存されません。そのため、発信者情報開示請求訴訟を争っている間に通信ログが消去されてしまって、物理的に情報の開示が不可能になってしまう恐れがあります。これを防ぐために、当該訴訟をするに際して前もって通信ログを消去しないよう求めるのです。
ですが、消去禁止については裁判外での任意の請求で足りることもありますので、消去禁止仮処分命令申立手続をする必要があるかどうかは臨機応変に検討するとよいでしょう。

(2)令和3年4月28日公布の改正プロバイダ責任制限法に基づく非訟手続

先程は、現時点(2022年3月1日時点)で利用できる現行手続についてお話しました。
しかし、サイト管理者と通信プロバイダに対する手続を別々で行わなければならないなど、時間と手間がかかってしまっているのが現状です。これでは、誹謗中傷等の書込みがなされて権利を侵害された被害者が発信者を特定して損害賠償等の訴訟を提起しようと思っても、手続のハードルが非常に高いため、権利救済が妨げられてしまう可能性があります。

一方で、開示されるべきでない書込みに関して発信者の情報が安易に開示されてしまうとしたら、かえって発信者側のプライバシーや表現の自由に対する侵害が生じてしまい、誰も怖くて書込みが出来なくなってしまいます。
そのため、被害者救済の手助けになる円滑な手続きと、誤った開示がなされないための充実した審理の両方を兼ね備えた手続が必要です。

こういった経緯を受けて、令和3年4月28日公布の改正プロバイダ責任制限法では、新たに「非訟手続」の方法による発信者情報開示請求を認めることになりました。この新手続は、公布から1年6か月以内に施行される予定ですので、2022年秋頃までには導入される予定になっています。

新手続が開始しても、上述した既存の手続が使えなくなる訳ではなく、どちらの制度も利用できます。
新手続のポイントとしては、以下の点があります。

①これまではウェブサイト管理者と通信プロバイダの2者に対して別々に行わなければならなかった裁判手続が1本化したこと
②裁判所の関与の度合いが高まったこと
③外国への正式な送達が不要になったこと

これにより手続の簡易迅速化が期待されていますが、実際にどこまで便利な手続になるかは運用開始を待って明らかになる見込みです。

3.発信者情報開示請求の要件とは?

発信者情報開示請求を行う法律上の根拠は、プロバイダ責任制限法(正式名称は、『特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律』です。以下「プロ責法」と略します。)に定められています。

発信者情報開示請求の際によく問題になる重要な要件をピックアップして解説します。
要件は現行法(2022年4月時点)ではプロ責法4条に定められていますが、条文の表現そのままだと読みにくいので、分解して検討してみましょう。

>(1)要件1:「特定電気通信による情報の流通」であること
特定電気通信」(プロ責法2条1号)とは、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信のことです。簡単にいうとインターネット上の掲示板、SNS、口コミなどのオープンになされた書込みのことです。
メールやダイレクトメッセージなどは、特定の者の間でしか受信されないので、開示請求の対象になりません。

(2)要件2:「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」
短く言うと「権利侵害の明白性」の要件です。書き込みが侵害している権利が、名誉毀損・プライバシー侵害・著作権侵害などのいずれに当たるかによって被害者が主張しなければならない具体的要件が変わってきます。

一例として「名誉毀損」の書込みに対して開示請求をする場合を例にとって検討してみましょう。この場合、「権利侵害の明白性」を満たすためには、①同定可能性、②名誉毀損に当たる書込みの存在、③違法性阻却事由をうかがわせる事情の不存在の3つとも満たさなければなりません。
⇒なお、名誉毀損については、主に刑事的な側面から記載した記事が別にありますので、名誉毀損の成立要件や違法性阻却事由に関する解説はそちらもご参照下さい。 名誉毀損とは?認められる要件や判例・慰謝料について知る

①同定可能性とは?
同定可能性」とは、一般読者の普通の注意と読み方を基準として対象者の属性を知るものが閲覧したときにインターネット上の書込みの対象者が特定できることをいいます。
たとえば、インターネット上の匿名掲示板に、「鈴木一郎は、会社の金を着服している」と書き込まれた場合を想定してみましょう。この書込みだけでは世の中に沢山いる同姓同名の「鈴木一郎」のうちのどの鈴木一郎さんのことを言っているのかは特定できません。したがって、同定可能性がありません。
ただし、「株式会社山田商事」に関するスレッド内の書込みであり、さらに株式会社山田商事には鈴木一郎さんが1人しかいなかった場合には、複数の事情を組み合わせて検討することによって、株式会社山田商事の鈴木一郎さんのことを言っていると特定することが出来ます。この場合には、同定可能性があります。
インターネット上の書込みでは、ハンドルネームや伏字が使われたり、対象者を明示しなかったりと、はっきりと個人を特定した書込みの方が珍しいです。そのため、同定可能性を立証するためには書込みの周辺の「文脈」を併せて主張することが大切です。
そのため、書込み被害を受けた場合は、前後の書込みや周辺的な事情についてもURLと日付も含めてスクリーンショットをとって証拠を保存しておくと良いでしょう。

②名誉毀損に当たる書込みの存在とは?
「名誉毀損に当たる書込み」とは、一般読者の普通の注意と読み方を基準として書込み対象者の社会的な評価を低下させる恐れのある内容を不特定又は多数が閲覧できる状況におく書込みのことをいいます。
名誉毀損に当たる書込みは、事実適示型の書込みと意見評論型の書込みの2つに大別されます。
事実適示型」の書込みは、例えば「不倫している」「盗作をしている」「前科がある」「産地偽装をしている」などといった、社会的評価を毀損する事実をそのまま記載する書き込みのことです。
意見評論型」の書込みは、「性格が悪い」「絵が下手だ」「信用できない」「料理がまずい」などといった、具体的な事実ではなく表現者の意見や評論を中心とした書込みのことです。
事実適示型と意見評論型では、主張立証すべき判断枠組みに違いがあります。一般的には、意見評論型の方が開示請求が認められにくい傾向にあります。

③違法性阻却事由をうかがわせる事情の不存在とは?
違法性阻却」とは、外形的には名誉毀損に当たる書込みに当たるが、真実である或いは真実であると考えることが相当であり、かつ、公共の利害に関する事実であって公益を図る目的でこれが書き込まれた場合には、名誉毀損を正当化する理由があるので違法性がなくなることを言います。
例えば、「飲食店Aは、消費期限切れ食品を客に提供している」と書き込みがあった場合、この書込みは飲食店Aの社会的評価を低下させる書込みと言えます。
ですが、実際に、飲食店Aは消費期限切れ食品を使っており、書込みの内容は真実でした。
さらに、一般消費者にとって、飲食店が衛生上消費期限切れ食品を出していないかどうかは、社会的に関心を持たれる事実であり飲食店の選定にあたって有意義な情報であるといえます。つまり、飲食店が消費期限を守っているかどうかは、公共の利害に関する事実です。
さらにこれを書き込んだのは飲食店Aの社員で、お客さんが消費期限切れ食品を知らずに食べないようにと専ら公共の利害を図る目的で書き込んだのでした。
この場合には、違法性阻却され、名誉毀損は成立しないでしょう。

開示請求を行う場合には、開示請求をする側が「違法性阻却事由をうかがわせる事情の不存在」まで主張立証しなくてはなりません。
つまり、先程の消費期限切れの例であれば、先程いったような真実性・公共の利害・公益目的がないといった事情とは逆の事情を主張立証しなければなりません。具体的には、真実性を伺わせる事情がないことに関して消費期限を守っていることの証拠を提出したり、専ら公共の利害を図る目的であることを伺わせる事情がないことに関して愉快犯的な書込みと同時になされていることに関する証拠を提出したりします。

以上の点を読んでいただければお分かりのように、開示請求を行う際には、損害賠償請求を行う際の主張立証と同等又はそれ以上の主張を被害側が行わなければならないのです。


いかがでしたでしょうか。
後編では
4.どのような場合に発信者情報開示請求が認められるのか?
5.裁判上の発信者情報開示請求が認められた例
6.弁護士に依頼するメリットとデメリット ~発信者情報開示請求の弁護士費用~

について触れていきたいと思いますので、ぜひご覧ください。


【後編】発信者情報開示請求とは?―手続・実例・弁護士費用

監修弁護士

松田 優 弁護士

弁護士

香川総合法律事務所勤務弁護士
東京大学法学部卒業、東京大学法科大学院修了
東京弁護士会労働法制特別委員会、同法教育部会所属
重点業務は、企業法務(不動産・建築、IT・システム中心)、労働関連法、区分所有関連法(管理会社・管理組合中心)など。

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