従業員(労働者)が転職をする際、今働いている企業を辞めるにあたって、従業員と企業(使用者)はどのようなことに気をつける必要があるでしょうか。
ここでは、転職からトラブルに発展しないよう、留意すべきことを紹介していきます。
目次
- 従業員が転職をする際の「引き止め」や「引き抜き行為」
- 企業が退職金の減額や、競業避止義務を課すことについて
- ハラスメントで退職を悩む場合、従業員はどのように対処をするのがよいか
従業員が転職をする際の「引き止め」や「引き抜き行為」
従業員は、転職を見据え、あるいは転職先が決まった段階で、勤めている企業を退職することになります。その際、企業から引き止められるケースもあるでしょう。そのような「引き止め」には応じなくてもよいのでしょうか。
また、自身の転職に伴い、かつての同僚を転職させる「引き抜き行為」を何気なくやっていませんか。
これは、場合によっては違法性を帯びる可能性があります。
ここでは、従業員側の視点で、転職をするにあたって、どのような点に気をつけるべきか、確認しておきましょう。
◉従業員が、現在勤めている会社を辞めるとき
従業員には、転職の自由、職業選択の自由があります。
そのため、企業から退職をしないように引き止められたとしても、従業員は会社を辞めることができます。
では、具体的に、いつ会社を辞めることができるのでしょうか。
◎有期(期間の定めのある)労働契約の場合
契約期間が1年を超える場合で、期間の初日から1年を経過した日以後であれば、従業員は企業に申入れることにより、いつでも退職をすることができます。 他方、契約期間が1年を超える場合であっても、期間の初日から1年が経過していないとき、あるいは契約期間が1年に満たない場合、退職をするには「やむを得ない事由」が必要となります。◎無期(期間の定めのない)労働契約の場合
従業員は、いつでも企業に退職を申入れることができ、2週間前に退職を申入れれば、(2週間経過後に)退職をすることができます。◉逸脱した「引き抜き行為」は、損害賠償を請求される可能性も
◎「引き抜き行為」について
転職後に、かつて一緒に働いていた同僚に「こっちの会社の方が給料が良いよ」と、単純な勧誘行為と捉えられる「引き抜き行為」をすること自体が、即座に違法となるわけではありません。◎違法となるケース
企業の大多数を引き抜く行為、会社経営に影響を及ぼす主要人物や大事な時期を狙った引き抜き行為は、違法性を帯びます。判例では、一斉引き抜きが「社会的相当性を逸脱した」ものであったとして、引き抜きをした企業および在職中から一斉引き抜きのため暗躍していた元従業員に対する損害賠償請求が認められています。
企業が退職金の減額や、競業避止義務を課すことについて
企業は、退職金について制度化している場合、従業員が退職、転職をするにあたって、どのような理由があっても退職金を全額支給しなければならないのでしょうか。
また、退職後の従業員が競業他社への転職を制限するといった、競業避止義務はどこまで課すことができるでしょうか。
ここでは、企業側の視点で、従業員の退職、転職にあたり、どのような点に気をつけるべきか、確認しておきましょう。
◉退職金を減額、不支給とすることはできるのか
◎退職金について
退職金は、法律で支払い義務が定められているものではありません。企業が退職金制度を採用し、労働協約、就業規則等に明文化されれば、労働契約の内容となり、従業員は、退職金を請求することができるようになります。
◎退職金の減額、不支給とする旨の規定の有効性
就業規則等で、従業員が懲戒解雇された場合や、退職後に同業他社へ転職をした場合、退職金を減額あるいは不支給とする旨を定めているケースがあります。 このような規定は有効なのでしょうか。判例では、退職後の同業他社への転職により、通常の退職金の半額となる内容の退職金規則については、合理性のない措置とすることはできない、と判断しているものがあります。
他方、懲戒解雇により、退職金を全額不支給とした企業に対し、全額を不支給とするには永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為が必要、として全額不支給ではなく、3割を支給するよう命じた判例もあります。
以上より、一定程度の退職金の減額は有効と判断されるものがある一方、事案によっては、不相当と判断される場合もあるので、個別の事情を鑑みた対応が必要と考えられます。
◉退職後の競業を制限すること(競業避止義務)
競業避止義務とは、従業員が勤めていた企業と競合する企業に転職したり、自らそのような企業を設立したりしない義務をいいます。
従業員が退職をした後は、従業員の職業選択の自由を侵害しない範囲で、競業避止義務を課すことができるとされています。
具体的には、就業規則等で退職後の競業制限を明示すること、合理性があることが求められます。
ここでいう合理性とは、競業を制限する目的や必要性、就業制限の職種・期間・地域などとされています。
企業が退職後の従業員に対して、競業避止義務を課す場合には「合理的な範囲」を超えていないか、内容を総合的に考慮して判断する必要があります。
ハラスメントで退職を悩む場合、従業員はどのように対処をするのがよいか
「令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(厚生労働省)によれば、職場のいじめ・嫌がらせに関する相談件数等が引き続き最多であることが公表されています。被害者は、企業内で生じたハラスメントについて、どのように対応すべきでしょうか。
◎人事労務部等、社内への相談
ハラスメントの被害を受けた従業員は、今後もその企業で勤務をすることを希望する場合には、まずは、社内の相談窓口(人事労務部やハラスメント対策部門、労働組合など)に相談し、社内での解決を試みることが考えられます。◎社外機関の利用
社内の相談で解決が困難な場合や、そもそも社内に相談ができない場合には、社外の機関による紛争手続きの利用や弁護士への依頼を検討してはいかがでしょうか。紛争解決手続きとして、
①行政庁(労働委員会)による個別労働紛争のあっせん手続き
②法務大臣により裁判外紛争解決機関として認証を受けた民間団体が主催するもの
があります。
①②は、無料または安価な紛争解決手段ではありますが、加害者と被害者(両当事者)の合意がなければ、成立しません。
また、全面的に相談者の立場にたって活動をするものではない点、弁護士への依頼とは異なります。
加害者と被害者(両当事者)の合意がなくとも利用できる解決手段として、労働審判や訴訟(裁判)があります。
前述の方法と比較して費用がかかる傾向にありますが、弁護士へ依頼すれば、依頼者にとって有利な結果を得るために必要な活動を、依頼者に代わり行ってくれます。